株式会社ナウハウス
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ナウハウス所長の鈴木です。今何を感じ、どのように建築に向き合っているのかを伝えていければと思います。
ナウハウス一級建築士の高橋です。設計を通して感じたことや現場の進捗を気軽に綴っていきたいと思います。

〒430-0817
静岡県浜松市南区頭陀寺町330−20
TEL.053-461-3408

2009-04-07
この「隙屋」は建築写真家のクライアントに「できるだけデザインしないで欲しい」と言われて設計が始まりました。クライアントは仕事柄、建築家が設計した建築にかかわることが多く、自分の住まいはデザインから少し距離を置きたいようでした。「日本建築の良さを生かした、簡素で素朴な家に住みたい」とのご希望でした。環境を生かし、土地の特性を利用して、日本建築の感性と伝統の技術で、努めて作為を消そうと心がけました。はたしておおらかでのびやかな心地いい空間が出現しました。デザインという言葉は人口に膾炙していますが、デザインへの理解の深さはさまざまです。スタンスを明確に決めることによって「こうありたい内容を具現化する行為」であるデザインができます。デザインが新しい機能を生み出すこともあります。「住まいは至れり尽くせりでなくていい」ことがこの家の出発点でした。「隙屋」はデザインすることの意味を深く考える、いい機会になりました。
2009-03-31
大工さんが正社員である建設会社が浜松にあります。建設会社で、大工さんが正社員と言うのは極めて珍しいのです。建設会社の大工はほとんどが別会社で、下職として入っているのが普通です。
飛鳥時代に創業した、寺院建築の金剛組は別格ですが、その浜松の建設会社は江戸時代初期の創業で現在22代目を数えています。
聞くところによれば、その建築会社は浜松城築城の大工の末裔とのことで、鷲津の本興寺の正門は、その会社が豊橋の吉田城の門を移築したものであることが記録にあります。
先代の会長は7年ほど前に亡くなられましたが、自分の宝は自分が育てた大工だと言うのが口癖でした。その会長は根っからの職人で、風格のある大棟梁のおもむきがありました。20年前に初めてお目にかかって以来、その建築会社とお付き合いをしています。
その会社との出会いは、「鹿谷の家」を作るときにいい現場担当者を探していたときです。私はほとんどの建築の施工は、建築会社そのものよりも現場監督の良し悪しで決まる、と考えています。現場担当者が仕事をよく知っていて、職人へのにらみが利くということだけでも貴重なのですが、建築的センスが良くて、いい建築が分かる現場監督というのは極めて稀なのです。いい建築をつくろうとの思いで、その現場担当者とナウハウスは、いろいろな建物を作ってきました。
その建築会社に4人の棟梁格の大工さんがいます。先代の会長の自慢の宝です。この大工さんが、かわるがわる私の現場を受け持ってくれています。それぞれが個性豊かですが、きっちりと伝統の技術を持っていて、ナウハウスの新しい発想の建築を実現してくれています。設計者はこの大工さんの腕を生かすのがポイントです。現場をやってくれた大工さんが、最後に出来上がった建物を見て、仰天するのも私の楽しみです。三ケ日の「隙屋」などは、大工さんがこんな風に化けるのかといって唖然としていたのを思い出します。
大工さんが森の中から出て、他人事のように全体を見ることは、客観化としてとてもいいことです。建築工事では、大工さんは仕上げの段階ではもう現場にはいないので、竣工の姿を見ることは稀なのです。ひとり親方の大工さんの現場は別ですが、建設会社の大工さんは完成した建物を意外と見ていないのです。
そこでナウハウスは引渡しの前に現場見学会をやることにしました。土工事から仕上げ工事までの職人を集めて、明るいときから暗くなるまでみんなで完成した建物を見学します。その後、ナウハウスの宴会場で反省会を開いて意見を交換し、その現場でいちばん功績のあった、現場MVPをみんなで選ぶのです。竣工した建築をしっかり見ることは、現場を担当する大工さんや職人さんが、図面の段階で建築のイメージを理解することに大変役に立っています。
大工さんが建設会社の正社員であると言うことは、その仕事の内容がよくなるということなのです。請け負った建設会社の下職として入っていたり、ひとり親方が仕事を請けていたりしますと、工程を考えるとどうしてもはしょりがちになります。ていねいな仕事をすることと工程と利益はいつも三つ巴の関係です。
一方、工程と会社の利益を考えなければならない現場担当者は、いい仕事を要求するナウハウスと大工さんで大変ですが、いい建築を理解する建築センスによって、老舗の建設会社に恥じないプライドを優先してくれています。作る数は限られても、いい建築を残そうという考え方です。こんな建設会社が浜松にあると言うのは、みなさまにとっても幸運なことだと思っています。
2008-10-20
JIA建築家大会2008東北が「風土・建築・まち」をテーマにして、仙台で開催されました。その中で、JIA新人賞公開審査が開かれ、「隙屋」もノミネートされていましたので、プレゼンテーションに参加しました。13作品のプレゼンが行われ、「隙屋」が最初でした。幸いにもその結果、「隙屋」は現地審査対象作品の6作品に選ばれることができました。以下がナウハウスのプレゼンの内容です。

現代の住宅で私がつねづね感じていることが3つあります。

①現代の住宅があまりにも一律的につくられ、高気密・高断熱が万能だと思われていることです。目先の快適を求め過ぎ、自然から離れ、自然を破壊しています。住まいは至れり尽くせりでなくていいと思います。設備より建築、建築より人間の感性に重きを置いた住まいをつくることもひとつの方法ではないかと思います。

②いい住まいというのは地域ごとにあると思います。住まいは「地域の自覚と自信」に基づいてつくられるもので、それぞれの地域の良さを見つけて、その地域でしか成り立ちえない建築を見つけることが、建築家の役割であると思います。

③現代の建築のデザインに「おおらかさ」や「のびやかさ」がないことが気になります。クライアントが建築写真家でしたので、コリに凝った建築を見ることが多く、小さなデザインにとても疲れているようでした。そこで住まいには「現代の民家」といったアノニマスな要素のある建築がふさわしいのではないかと考えました。

具体的な説明をさせていただきます。

・温暖な浜名湖なら「隙間だらけの納屋」でも住めるのではないかというのがこの家の出発点です。

・クライアントが幼少の頃、小田原で「隙間だらけの納屋」に住んだことがあるという原体験と「チャレンジ精神」のおかげでこの家が実現しました。

・クライアントは先に申しましたように建築写真家で東京と関西を往復しています。中間地点の浜松でひと休みしてまた仕事に出かけるという生活ですので敷地が高速道路のインターチェンジに近いということはとても重要なことでした。

・建物は湖岸の海抜15mの高台にあって浜名湖を一望できます。それは逆に湖岸の風景として大変目立つということですので、まるで昔からあったかのように思えるランドスケープになるように考えました。ランドスケープは人工物と自然があっていっそう美しくなるものだと思います。

・上階は地場の天竜杉の軸組みの開放的な吹抜けで、逆に地階はトンネルを通して光と風が来る閉鎖的な空間です。トンネルからは時には潮騒や潮の香りまで運ばれてくることに驚きました。トンネルの先のステージ空間は4畳半くらいのスペースで大変居心地のいいところです。

・この建物にはエアコンはありません。夏には上部の窓を遠隔操作しますと、トンネルやテラスから風が流れ込んできます。冬には窓を閉めて隙間からの光を入れて内部を一日中暖めますとけっこう蓄熱をします。ひと冬を過ごしてみましたが十分暖かく住むことができました。

・屋根に「離瓦」という新しい瓦を使っています。瓦が横につながっていないために風通しが良く、屋根の温度を下げ、夕立の後でも蒸れません。ちょうどひとつひとつの瓦が置屋根の役目をしています。下屋の「離瓦」にはスリットに透明板を入れて光が入るようにしています。窓際や浴室に木漏れ日のような光が入って静かなたたずまいをつくっています。月夜の晩もよく光が入ります。「離瓦」を使うことによって伝統の瓦技術を生かし現代に通じるデザイン性と新機能を見つけることができたと思います。

・夜になると暮らしの光が建築の原型を浮かび上がらせます。周囲が暗いのでよりいっそう明るく見えます。この家に来た人はなぜか軽い興奮があり、話が弾みます。空間が触媒の役目をしてくれているのではないかという気がしております。

最後に4つほど付け加えさせていただきます。

①ポリカーボネートを外壁に使っていますが昼間には光の反射によってとてもメタリックな素材に見えて、安っぽい感じはありません。

②南からのエレベーションで、地下室の開口が大きく、プロポーションを崩しているようで気になるようですが、それは広角レンズで撮影しているためであって、実際にはそれほど開口部は強調されていません。ミカンの木がもっと育てば、開口部はほとんど目立たなくなるはずです。

③昼から夜への変化がとてもドラマチックです。本物の夜景をぜひ見ていただきたいと思います。

④浜名湖は「月の名所」と言われております。あるとき、ようやくその理由が分かりました。真昼のように輝いている浜名湖があるからこそ、「月の名所」になっているのです。
2008-09-30
JIA静岡の建築ウオッチングで信州を訪ねました。2007年の日本建築学会賞作品賞の「茅野市民館」が目的ですが、同じく市民会館として2004年竣工の「まつもと市民・芸術館」も見学しました。時の流れを感じざるをえませんでした。
「茅野市民館」は2001年に古谷誠章氏がプロポーザルで設計者に選ばれたものです。いい建築をつくるために、これでもかというエネルギーを投じています。審査の一部始終をすべて住民に公開する形のプロポーザルの後、事業の速度に合わせて4年間の月日をかけて設計が行われました。
古谷氏が目を付けたのは、敷地が本線を挟んで中央本線茅野駅に接していることでした。散漫な人の流れを、駅と市民会館を結びつけて中央本線を内部化しました。そうして茅野市のへそとなる、「密度の高い場」を作ったことは決定的な建築的アイディアで、この設計をみごとに離陸させています。「茅野市民館」は90mのスロープが付いた図書館が線路を挟み、茅野駅と並列に置かれ結ばれています。建築の長さは列車のスピードに見合ったスケールになっています。図書館のガラスのファサードを通して駅の様子が見えます。駅からはガラスの中の図書館の賑わいを窺うことができます。そのときカラフルな特急が駅に滑り込んで来ました。互いの視線の中に列車が現れ、内部空間はさらに活性化されています。分かりやすい実用的レベルの提案から、建築たらしめる空間的レベルの提案まで、新発見を含めて流れるような空間的解決がありました。
この建築には公共建築に無くてはならない人の流れが常にあります。ホール、美術館、市民ギャラリー、レストランがひとつのロビーによって結ばれ、そのロビーは芝生の中庭へと広がっています。ここにも建築的アイディアが冴えています。ガラスの多用が環境負荷を増大させているという非難もありますが、外からも中からも透けて見えることがこの建築に大きな意味があることを理解するなら、その指摘は二次的なものでしかないでしょう。
公共建築をめぐる社会的環境は大きく変化しています。「茅野市民館」の完成までのいきさつを見ますと、公共建築は建築家としてのより綿密な専門的検討と、より緊密な市民との共同作業が求められていることを感じます。
「まつもと市民・芸術館」は作られ方が少し違います。コンペで勝ち取ったという作品で、なんと180億円以上の総工事費がかかっています。伊東豊雄という建築家の作家性が強く出ている「せんだいメディアテーク」以来の大作です。
狭い敷地にこれだけのボリュームの建築をうまく入れていることは見事ですし、周囲の街並みへの配慮にも感心しました。それゆえ、ガラスが象嵌されたGRC板の外壁が、細胞のように柔らかな曲面でなければならないこともよく分かります。限られた形式から逸脱できないコンサートホールを核と考えれば、異常に大きくて長いエントランスとホワイエは流動体の細胞液で、ミトコンドリアがその中を漂っているというイメージなのかもしれません。
「まつもと市民・芸術館」は、おおわざを期待されている建築家が期待に応えた力作だと思います。しかしこれが新しい建築なのだろうかとも思います。「せんだいメディアテーク」でも思ったのですが、身振りが大げさすぎる感があります。話題作というおおわざでなくても、切れのいい足払いで一本!もいいと思います。最近、デザインをうるさく感じることがあって、アノニマスがいいと思うときがあります。
二つの市民会館と対照的なのが無暖房介護サービス施設の「桜ハウス玉川」です。RC造の躯体を厚さ30cmの高性能断熱材でシールドするだけで、寒冷地にもかかわらず、年間を一定の温度で過ごせてしまう建築です。市民会館とは対照的に、省エネのためだけの実験建築で、断熱材と高性能な熱交換換気システムが要です。省エネと経営とお年寄りが短絡しています。黒と白ばかりでなく、無暖房にこだわらないグレーゾーンが混在されればもっと開放的になるのではないでしょうか。両極端の建築が寒冷地の茅野市にあります。目的が違えば考え方が違いますので、何の不思議もないことかもしれません。
雨の降る中、JIA静岡の総勢25名が三つの建物を大急ぎでウオッチングしてきました。ぐったりと疲れてバスに乗り込みましたが、まさかこのバスが居酒屋バスに変わるとは予想もしませんでした。ビールやら焼酎やらおつまみが出て、バスは宴会場に変わりしました。気の利いた係りの方に感謝の気持ちでいっぱいです。
2008-05-02
連休で弟がサウジアラビアから帰ってきました。彼はサウジアラビアのジェッダで、現地の財閥と合弁で作った上水および下水のプラント会社に出向していて、3ヶ月ぶりの日本です。ジェッダは、紅海沿岸のサウジアラビア第二の都市で、聖都メッカに程近くにあります。日本に来ていちばん感じるのは、緑の深さだと言います。ジェッダの樹木はすべて人為によるものでくすんだ埃っぽい緑色だそうです。ひきかえ日本の緑はみずみずしく、特に日本の春は萌えいずる緑でむせかえるほどです。
先日、松下電工の「住まいのあかりコンクール」の表彰式に出席してまいりました。会場は汐留の松下電工東京本社ビルで、高層ビルが連立しています。表彰式は、審査員をはじめ新建築やコンフォルトなどの建築の出版関係者や、松下電工の照明事業本部や電材マーケティング本部の関係者が列席し、厳粛な雰囲気のなかで行われました。建築デザイン部門の最優秀賞をいただきましたので、第一番目に表彰台に上がることになりました。滅多にない経験で緊張しましたが、表彰台の上でこの賞が全国的規模の賞で、名誉あるものであることを空気からひしひしと感じました。
審査員の建築家の丸谷博男さんの講評があって、「隙屋」はコンセプトが極めてシンプルであること、意図している外部空間の照明効果ばかりでなく、昼間の自然光による内部空間の隙間からの光が独特の空間効果を上げていて美しい、とのコメントをいただきました。この審査は家具デザイナーの小泉誠さんや照明デザイナーの近田玲子さん、建築家の丸谷博男さんをはじめとする6人の審査員宛に518人全員の応募データを送り、それぞれがあらかじめ選考をしておいて、汐留の大会議室に一同に集まって協議をして決定したとのことでした。もれ伺うことによりますと、「隙屋」は設計の切り口が際立ってユニークだったということで、早い時期に最優秀賞が決まったそうです。
私自身、「隙屋」の仕事にヒットの感覚はありましたが、まさかホームランになるとは思いませんでした。日頃、日常業務に追われ、問題解決に際して攻める姿勢は忘れたことはありませんが、コンパクトに振りぬいただけのスイングでホームランになったという経験は、私をとても勇気づけてくれました。証しのないことは信じません。今回の賞は私の建築家としての姿勢を認めてくれた証しのような気がいたします。
建築家は設計条件をえらべません。与えられた条件の仕事を全力で解決しようとすることがプロフェショナルの仕事だと考えています。その後に、今回の「隙屋」のようなヒットやホームランとなることもあるのだと考えています。この手の感触はしっかりと覚えていたいと思います。
帰りの新幹線は懇親会のめでたいお酒のせいもあってほろ酔い機嫌でした。あいにく縁起かつぎの富士山はモヤっていて見えませんでしたが、新緑で沿線の山が笑っていました。ナウハウスにもようやく春が着たようです。

2008-03-08
ナショナルの主催する住まいのあかりコンクール2007で,建築デザイン部門で最優秀賞をいただきました。大変ありがたく思います。

温暖な浜名湖の環境なら、「隙間だらけの納屋」でも住めるのではないか、というのがこの住宅の出発点でした。時代に逆行するようですが、設備よりも建築、建築よりも人間の感性に重きをおくことにしました。もとより、人間の感性は至れり尽くせりでは磨かれないものと考えています。夜の住まいのあかりは人間にとって無くてはならないもので、わずかに闇にこぼれる明かりさえ人の心を安らかにしてくれます。外から、あるいは内から、隙間から漏れる光は、今まで経験したことのない建築空間を見せています。この住まいのしつらえは最小で究極のエコですが、気持ちよく暮らしているようです。この初源的な発想の住まいを評価していただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
2008-02-15
建築界では昨年6月の建築基準法改正以来大混乱が続いております。 11月の国交省の説明会でも何の解決策も見られませんでした。どのように混乱を解決するのかとの質疑が出ました。混乱の原因は構造審査員の数の不足と改正についての不慣れが原因なので、今年の3月には問題が解決されるだろうとのことでした。
世を騒がした耐震偽装問題は、審査機関の構造担当者の数の不足と能力不足と、一部設計者のあるまじき倫理観の欠如が原因であったにもかかわらず、「羹(アツモノ)に懲りて膾(ナマス)を吹く」のたとえのごとく、設計者すべての倫理観の欠如を疑い、ひたすら審査を厳正化するという誤った方向の改正を行いました。審査の厳正化の内容の周知への努力不足を始め、適合判定というダブルチェックにばかり力を入れ、審査機関の構造担当者の不足を放置したまま、法改正が施行されてしまいました。
その結果、建築確認業務が大混乱し、手続きが大幅に遅れて工事の着工ができず、現在の「建築基準法改正不況」となっています。設計の構造設計者の仕事量を数倍に増やし膨大な書類を作成させていますが、山のような書類はどうなるのでしょうか。ベースになる認定プログラムもできない状態で、審査機関の構造担当者の増員もままならず、とうてい3月に混乱が解決されるとは思えません。
先日、袋井市に建設中の「高尾の家」の中間審査を受けました。検査員はまちづくりセンターの担当検査員で、約束の午前9時30分から、屋根の小屋組みと構造耐力上必要な軸組みを見ていただきました。ナウハウスは木造では軸組図をすべて作成するのが標準ですので、筋交いと構造用金物のチェックもスムーズでお褒めのことばをいただきました。多くの建築の検査をしているベテランの検査員でしたので、この住宅の計画上の新しい試みにも気付かれていたようです。完了検査も自分がしてこの家の完成の姿も見とどけたい、とのことばをいただき嬉しく思いました。設計者のナウハウスも施工会社の杉浦建築店もよく知っていて、このコンビならだいじょうぶですねと言ってくれました。
クライアントの希望でこの家は耐震を心がけておりました。すべての柱は4寸角とし、ホールダウン金物がしっかり入っています。敷地は区画整理中の街区で、いたるところに工事中の住宅があります。クライアントの家族は近所に住み、他の住宅の構造むきだしの現場をよく見ているようです。 85歳のお父さんも、格段にしっかりした骨組みを分かっていて、ご機嫌がいい。設計者としてあたりまえをやっているだけですが、それを分かってくれていることを知るとやはり嬉しい。
今日はそんないい話をしに大工さんたちのいる現場へ出かけました。嬉しい話はみんなにふるまうのがいいと考えました。ここ数日、だいぶ冷えていますので、温かい甘酒などを用意しました。検査員やクライアントの嬉しい感想を皆さんに伝えて、もっと暖かになってもらおうと思います。建築業界はあいかわらず厳しい状況が続いていますが、こんな時こそ仕事を褒められて素直に喜び、互いの信頼関係を固めていい仕事へのモチベーションを築くことが、なによりの不況対策だと思います。
2008-02-02
「掛川の家」が完成し、2007年12月10日に引渡しをすることができました。この家のクライアントは、設計の依頼があったときは31歳という若さでした。最初にお会いしたのは2006年3月でした。「半年間、ナウハウスのホームページを毎日穴の開くほど見て、住宅の設計を依頼することに決めました」との言葉を聞いてナウハウスはスタッフ一同感激したことを覚えています。
 新しい住宅はこの若きクライアントの奥さん、お母さんとそのお母さんの4人の家族のための住まいを作ることでスタートしました。クライアントは設備機械の設計が専門でしたので、設計という作業をよく理解されていて、打合せは極めて精密でスムーズに進行しました。
ナウハウスでは家族全員に問診表を書いていただいています。そのなかで、「新しい住まいへの夢」や「10年後の夢」などを聞いたりしています。このクライアントの新しい住まいへのビジョンは「便利すぎずほんの少し緊張感をもって生活ができ、家族それぞれの趣味を楽しめる家」であり、10年後は「好きなバイクやオーディオ、絵画を楽しみ、家族全員が健康で楽しく暮らしていたい」というものでした。奥さんの夢は素敵なホームパーティを開きたいとのことでした。
豊かな住まいのイメージとは?の質問には「四季の変化や自然を楽しむことができること」とか、「個人の時間を持ち、家族それぞれがリラックスできる」とかお母さんは「お花がいっぱい」のイメージのようでした。
また墓参りはよくしますか?の質問には、それぞれ3ヶ月に一度とか2週間に一度とか一般の家庭よりもかなりの頻度で墓参りをされているようで、家族の絆の強さに感心いたしました。お父さんが若くしてお亡くなりになった事情がうかがえます。
要望を1番から5番まで重要と思われる順にあげてくださいとの問いには、若きクライアントは①災害に強い②デザイン性③プライバシーと防犯④必要最小限の設備と機能性⑤省エネで、その奥さんは①耐震②省エネ③防音と防振④日照と通風⑤アートフルな空間でした。お母さんたちは①耐震②耐久③バリアフリー④防犯⑤省エネということでした。新しい住まいを夢見る中にも、コントロールの利いた現実性を感じました。
この家の敷地のいちばんの特性は、10m南には天竜浜名湖線、ずっと南には東海道線と東海道新幹線が通っていることでした。天竜浜名湖線から南は工業地域で、田畑のなかに産廃処理施設やスレート葺の工場が見えます。3本の鉄道は3本の川のようなもので、鉄道は旅を誘う風物とも見えて、風景として悪くはありません。これらの鉄道や産廃施設とスレート工場はそのまま見ればとりとめもない風景ですが、大きな壁と庇で額縁を作って視界を限れば、一幅の現代絵画になるのではないかと考えました。
このクライアントは「希望する住宅のイメージ」として、日系ブラジル人のアーティストの大岩オスカール幸男さんの絵の特集号の雑誌をナウハウスに持参していました。建築雑誌の切り抜きを持参されることはよくありますが、画集を持参されるのは初めての経験でした。私が建築に目覚めるよりも絵に目覚めるほうがずっと先であったと思っていましたので、未知の画家であるオスカールさんの絵を「希望する住宅のイメージ」として提示されたときは、いつにない興奮を覚えました。大岩オスカールさんのことは、ブログのnauhaus鞘の内2006年10月3日(芸術の秋・収穫の秋)で触れたことがあります。オスカールさんはサンパウロ大学の建築学部を卒業された現代美術家で、「世の中のできごとの撮影された映像を見て情報を得ていることは、本当の現実の反射を見ていることではないか」と、様々な映像をシュールに組み合わせ、日常の風景を暖かい眼差しでユーモアたっぷりに無防備なタッチで描いている現代画家です。画家の見たイメージが時間をかけて描かれています。いたるところに見えるウイットがこの絵を支えています。とりとめのない風景を生け捕りにすることで秩序づけることができるのではないかと考えました。
この住宅の誕生の最大の危機は2007年初頭の中国の需要や石油の高騰による非鉄金属や合板類の急騰でした。予算にしたがってかなり詰めた設計をしていたので、コストダウンは困難を極めました。ナウハウスの設計は骨格で光と空間をデザインし、質実な建築材料しか使用していないのでコストが容易に落ちないのです。アスリートが筋肉を落として減量できないのと似ていて、建築の性能を落としてコストダウンをしたくないのです。良い建築を作ろうと何回もコツコツと積み上げ直してきた積み木を崩すのはたいへん苦痛な作業でした。このときこの若きクライアントはこのコストダウンをひとごとの問題としなかったことは今でも感心いたします。クライアントのコストダウンへの協力と忍耐と熱意が施工会社の責任者の気持ちをも動かし、着工へようやくたどり着いたのです。1ヶ月もの間、減額にエネルギーを費やし、終わった後は見積もり担当者とともにしばらく呆然としていたことを覚えています。

ヤフーバリューインサイトのアンケートによりますと、クライアントが設計者に望むことがあげられていました。
①生活動線や風通し、日当たりをきちんと考えた住みよい家を設計してくれて、わかりやすく説明してくれること。
②なぜこのコストがかかるのかを素人にもわかりやすい言葉できちんと説明できること。こちらが欲しいと思う機能・設備についてメリットだけでなく、デメリットも一緒に提示してくれること。安全な住宅を建てるために必要な条件と金額について、理由を含めて丁寧に説明できること。
③希望した間取りの、良い点や悪い点を指摘し、きちんとしたアドバイスをくれること。
④こちらの希望に耳を傾けるだけでなく、プロとして的確なアドバイスや設計者自身の考えを取り入れて、より生活しやすい住宅を設計できる人。
⑤打ち合わせをしていて苦痛にならない人。
⑥既に持っている家具などに最大限配慮した設計をしてくれる人。使いやすいつくり付けの収納や家具を設計できる人。
⑦使い勝手のよい、こちらが思いつかないような間取りを設計してくれる人。

「掛川の家」が竣工する少し前、この若きクライアントに男の子の赤ちゃんが誕生し、4世代の家族が住む家になりました。家の誕生と家族の誕生が重なり大忙しですが、こんなにめでたいことはありません。いろいろと大変なことがありましたが、「掛川の家」は当初からの夢をけっして忘れてはいないのです。減額は頭を絞らざるを得ず、この家の空間を厳しくすることに役立ちました。住まいは骨格さえしっかりしていれば、生活しながら家作りをしていけばいいと思っています。誕生には陣痛がつきものです。その痛みを乗り越えて生まれた子供には、痛みがあったからこそかけがえのないものとして、惜しみない愛情をそそいでいくことができるのだと思います。小さく(厳しく)産んで大きくそだてよという教訓は家作りにも当てはまります。「掛川の家」の誕生には危機もありましたが、若きクライアントはれを乗り越えることができました。出産も家作りも大げさに言えばこのいのちがけの経験だと思います。この経験によって新しい力を得て、「掛川の家」と共に、これからの長い人生をたくましく切り開いていかれることだろうと思います。
2008-01-18
敷地は浜名湖の南斜面にあって温暖な環境である。それを反映して周囲には  みかん畑が目立つ。それぞれの季節や天候、その日の時間によって変わる風景は、浜名湖の水面がそれらをさらに増幅して見飽きることがない。外洋のきれいな潮がこの沿岸まで到達しているせいかここはアサリの絶好の漁場となって、シーズン中は漁をする船で毎日のように賑わっている。台風時には外洋の濃い潮が「苦潮」となって、酸欠を誘い、スズキやタイが手づかみで取れることもあった。この恵まれた環境を最大限に生かし、湖岸の景観をかたちづくり、簡素だがしみじみと豊かさを感じられる住まいを作ろうとした。 
クライアントは建築カメラマンで、撮影のために外出しがちであるが、この住宅への訪問者も多い。東名高速道路のインターチェンジにも近く、クライアントの幅広い人脈を生かして楽しい企画ができそうである。
重装備な高断熱高気密ではなく、ここの温暖な気候の恵みを利用し、最小限のしつらえで暮らせないかという試みである。外壁は杉板〔t=18mm〕を18mmの目透かしで張り、その上に高耐候性ポリカーボネート樹脂(t=1.5 mm) 63波トーメイ をビス止めしただけである。
構造は木造軸組工法の地上二階建てとし、柱と壁・床・天井はすべて地場の天竜杉を使用した。吹き抜け上部の二ヶ所に採光と通気や排煙のための連窓を設け、オーニングによってすべての窓の開閉の遠隔操作ができる。夏季には湖面を渡る涼風を引き入れるだけで、エアコンは使用しない。
屋根は「離れ瓦」という創作瓦を使用した。隣り合う瓦の両サイドをあえて離すことによって瓦下の通気を取り、屋根面の温度を下げる。伝統の瓦技術を見直し、現代に生きる新しい機能とデザイン性を得たいと考えた。
崖地の構造物の滑り止めを兼ねた地階は外断熱のRC造で、南側の斜面のトンネルから採光と通風を得ている。このトンネルから思わぬ発見があった。地階にいると潮加減によって、潮騒の音や潮の香りがわれわれの聴覚や嗅覚を刺激することがあった。トンネルの開口が集音器の役割をして、潮騒やギターを弾けばその音色が室内へ届く。
冬季には地階の暖炉の温もりがコンクリートに蓄熱され、上階へ放熱されていくことを期待している。いずれにしろこの住宅では、少しくらいの寒さなら、寒いなりに上着をはおるように、ちょっと奥の間に行くだけ、と考えている。
「隙間だらけの納屋」が、幼年期を小田原で過ごしたクライアントの原風景にある。温暖な浜名湖の環境なら「隙間だらけの納屋」で住めるのではないかというのがこの住宅の出発点であった。この建築においてデザインのモチーフは隙間である。太陽や月を自然の中の明かりと考えれば、この隙間は外から中へ、あるいは人工照明なら中から外へと、時間の経過によって、見えないはずの構造に光を透過させスキャンする装置である。反転が空間を日常性から非日常性への飛躍をさせている。「隙屋」には今まで経験したことのない空間が生まれたが、発想が「隙間だらけ納屋」なので、どこか懐かしさを感じさせる空間であることは間違いない。

照明について
この住宅はスケルトン構造であるので、昼間時は適度の外光が入って、地階とトイレ・パントリー以外は照明を必要としない。この建物のスケルトン構造を生かし、照明器具の選択と配置を工夫して、必要とする光だけを得る努力をした。またイニシャルコスト削減のため、「ソケット+電球」で照明器具を構成して、多灯使用とした。
広間(コードペンダント)―E26磁器モーガルソケット+φ70ダイクールハロゲン球65W
 通路(フットライト)―E17レセップ+長円柱型ランプ25W
 トイレ・パントリー・洗面ブラケット―E26磁器両耳ソケット+フラットボール40W/60W
 浴室(ブラケット)―E26磁器両耳ソケット+シリコンゴムパッキン+フラットボール60W
居室・台所・食堂(スポットライト)―配線ダクト+ダイクール球スポットライト40W

また室内の中心から外部にいくにしたがって照明の照度と色温度を下げた。それは住宅の照明が既存の敷地周辺の環境に不釣合いにならないようにするためと、省エネを考慮したためである。
広間―――――――――65W / 1400lm / 3000K / 3000h
台所・居室――――――40W / 500lm / 3000K / 3000h
通路―――――――――25W / 240lm / 2600K / 2000h
アプローチ・庭園灯――10W / 70lm / 2400K  / 1500h

光源はダイクロビームハロゲン球と白熱球である。それらは省エネ上からは望ましくはないが、建築空間の豊かさも重要であるので、演色性を優先した。ささやかな省エネへの努力として、こまめに消灯できるスイッチ回路を構成し、ライトコントロールをつけて対応した。

2007-12-28
このセミナーは、JIA建築家東海支部大会2007浜松の企画として、「地球のたまご」の会場に移して開かれました。「地球のたまご」は浜名湖の村櫛にあるOMソーラーの研究所で、太陽熱等の有効利用のエコ技術を育もうとの願いで名づけられました。浜松地区は日照時間が日本で最も長い所だそうです。
セミナーは浜名湖が見渡せるカフェテリアで開かれました。最初に塩見寛さんに東海道の旧宿場町の成り立ちを「遠州における東海道筋の街並みと文化」というテーマで語っていただきました。塩見さんは静岡県庁の厚生部福祉こども局地域福祉室の主幹ですが、「火の見櫓からまちづくりを考える会」代表、しずおか街並みゼミ世話人、藤枝ぐるりん探検隊隊長であり、一貫してまちづくりをライフワークとされています。塩見さんによれば、東海道53次のうちの22の宿場町が静岡県にあって、その宿場町は城下町と同様に(宿駅制度によって)‘新たに計画された街’であることが重要とのことです。
細かいことは忘れましたが、宿場町の計画意図を探る6要素と歴史的遺産をとらえる3つの視座があるとのことです。宿場町を見るときには、外見上の街並みだけでなく、それを支えている基盤や宅地割、あるいは水の流れにも注目して欲しいとのことでした。圧巻は[日坂]の湾曲した街道の謎解きです。‘カーブしなくてもいい地形なのにわざわざ湾曲させたのは、宿場の機能を街道沿いに配置する「長さ」を確保するため’と都市計画的見地からその理由を喝破しています。詳しくは塩見寛著の[まちの個性を、どう読み解くか]をどうぞ。
浜名湖は遠州の風土を語る上で重要なポイントです。[浜名湖の景観と地域環境]というテーマで、静岡文化芸術大学デザイン学部教授の宮川潤次先生にお話していただきました。宮川先生は「地球のたまご」の近くの菜園で「野良倶楽部」を主催し、浜名湖の温暖な気候の中で無農薬野菜を育てています。
浜名湖の水深は平均4.8mでとても浅いのです。生息している魚介類が650種以上もいて、しかもその多くが幼魚であることが最大の特徴だそうです。いわば浜名湖は、湖内で生まれる魚介類や、遠州灘から今切口へ流れ込んでくる卵と幼稚仔の「魚のゆりかご」なのです。
2007年の4月、浜松は政令都市となりました。全国一の野菜の出荷額を誇る南部の農業地域から、良質な材木の生産地である北部の広大な森林地帯まで広がりました。浜名湖とその周辺地域の重要な役割は、その恵まれた自然を資源とした‘循環型の地域づくり’ではないかと宮川先生はおっしゃるのです。そのためには‘遠州にとっての浜名湖の価値’を再認識し浜名湖の自然環境を再生して、美しい景観を次世代に繋げていかなければならないと結論されました。
熱いセミナーの後、参加者は大急ぎでバスに乗り込み、とっぷりと暮れた暗闇の中を、舘山寺でのレセプションパーティ会場へ急ぎました。
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